子宮頸がん治療回想録とゆるゆるな玄米菜食と日々の暮らし

2020年12月、念願だった中古住宅を手に入れることが出来ました。アラフィフ、シングルのがんサバイバーです。淡々としぶとく生きていく。そんな自分を楽しみながら暮らしていくブログです。

離婚について

3年前

離婚して新しい住まいのアパートの賃貸契約のお金を払うとほとんどお金は残らなかったが、お義母さんと義理の弟(と言っても私より10歳上)から退職金がわりの30万をもらった、その時も元旦那に少しよこせと言われたが。

結婚生活の経済状況は、自営の居酒屋は店舗兼住居の中古物件で購入したはいいが、景気の良いときに、ローンを組んだため、月の支払いが20万。

だんだん景気も悪化してきて、私も元旦那も昼間は働きに出た。

近くの製薬会社で契約社員で働き、週末もよそにバイトに行った。

給料の半分はお義母さんに渡していた。

元旦那から生活費はもらったことがない。

パチスロ依存症だ。

一度目の結婚では、お義母さんがだいぶ工面したらしい。

お義母さん本人が言っていた。

前の奥さんも慰謝料はいらないから、その代わり父親はいないことにする、つまり子供には会わせないってこと。

二度目の結婚私の時は、義理の弟が工面し自己破産させた。

パチンコやりたいが為に嘘も何度かつかれた。

別れるしばらく前から家庭内別居、当然、会話もなくなっていた。

たまにしゃべっても

「はあ?なんだそれが?」眉間にシワを寄せての返事かモラハラのような言い方だった。

私の弟の結婚式の時、兄弟だからと10万包むと

「そんなに渡さなくていいからな!」

と。

いやいや私が働いて稼いだお金ですし、自分の弟ですから。

普段、お金の話なんてすれば罵声で返され、まともに話ができなかった。

DVは無かったが、今思えば自己肯定感も薄くなっていったと思う。

そんな結婚生活が、15年続いたのも、私を娘みたいに可愛がってくれたお義母さん、お義父さんがいてくれたからかもしれない。

当時、お義母さんから、やりくりの大変なお金の話をされるのがつらかった。

ずっと売りに出していた住居兼店舗。

それがやっと売れ、勤め先も契約満了になった。

元旦那「アパートさがすか?」

私「別れるよ」

このタイミングで離婚に至った。

今、元旦那は親子ほどの年の差がある子と一緒に住んでいる。

ここで疑問。

今年、元旦那は還暦を迎える貯金もないバツ2だ。

恋は盲目と言うけれど、お相手の女性はどこまで本気なのか。

元旦那、今の勤め先は75歳まで使ってもらえると豪語していたが、給料を前借りするような従業員でもか。

仮にそうでも短時間だったりでもらえる分も減るだろう。

彼女は相手の老いを受けとめていけるか、この先彼の年金受給だけでは足りないからずっと働き続け、自分の親とダブるかもしれない介護の面倒まで覚悟ができているのか。

最悪、高齢で無職な上パチスロで使うこづかいまで渡さなければならないかもしれない。

もう元旦那も次はないし、親子ほど年が離れていれば離さないわけもなく改心してるかもしれない。

今さら私がここまで言うのは余計なお世話だけど、器が大きく愛情深い女性であることを願う。

 

 

 

「今は辛くても、最後はあなたが勝ちますよ」

 

人生っていうのは、いろいろあります。
ただ、
「最後は自分が勝てる」ようにできてるんですよ。

ただ、
その勝ちに気づける人と
気づけない人がいるだけです。

生きていて何かを学んで、
そして勝つことや負けることのむなしさを知ったとき、
人に優しくなれるものです。

そういう人が、本当の勝者なんですよね。

            斎藤一人さん

 

 

苦い結婚生活の経済状況を綴ったけれど、この人だって欠点ばかりぢゃない、入院時はお見舞いも来てくれ、メールで励ましてもくれた。

実際たすけられた。
本当はやさしい面もある。

結婚生活の中で、元旦那に浮気をさせる居心地の悪さを作っていたかもしれない自分にも至らない点があったと思う。

何かをしてもらっても感謝が足りなかったと思う。

言葉に気をつければよかったと思う。

後悔でもなく、自分を責めてるわけでもない。

離婚したことでの気づき。

病気をしたことでの気づき。

人生は長い。

まだ、くたばってる場合ぢゃない。

絶対に負けない。

 


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